最後尾は譲らない

走るマネージャーです。最後尾絶賛走行中

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偽りの感謝

なんだろう。よくわからない。



"仲間に感謝しろよ"

と言われ続けてきたし言い続けてきた。




なのに感謝出来ない自分がいる。



いや、一部の仲間には感謝してる。

でもそれは共に練習をしてきたハズの短距離ではなく僅かな関わりしかなかった長距離の仲間。



たった3ヶ月間だけ共にしてきた長距離の仲間には感謝できて、

それ以降2年近くを共にした短距離の仲間には一向に感謝の気持ちがわいてこない。


「ありがとう」なんて言おうと思えば言える。

礼儀というのか、なにかそんな形式的な発言は出来る。

でもそこに心を込められるかと言われたら・・・。否。



長距離は練習こそ一緒にやる機会は決して多くなかったものの、

特に僕が長距離に所属していた3ヶ月間での経験はその後2年間の僕を支えてきた。


長距離のように頑張る。頑張らなきゃ。

陸上に対する姿勢の憧れであり見本であり目標は、長距離の先輩・同級生・そして後輩だった。


彼らからすれば僕なんてどう思われてるかはわからない。なんとも思ってないだろう。

でも僕は例え迷惑だと思われても、彼らの陸上への姿勢を今でも尊敬しているし、彼らに感謝している。



一方、短距離は正直言って

冬季のツライ練習を乗り切ってきた仲間、、、という印象がそんなにないのだ。

僕の多少過激ともとれる熱意と、よく衝突があったからなのかもしれない。

そして長距離とは違って陸上の色々な点で反面教師的存在だった。


上を目指さなかった短距離と、上を目指した僕。

お互いに不満を抱いた。喧嘩もした。


早々に見切った僕は種目が違う事を利用して別メニューを立て、

ある時には短距離のメニューを利用した。


あくまで利用した感じが強く、共に頑張った感じは弱い。




僕の自分の努力の結果としての県大会、関東大会が余りにもあっさりした物だったがために
多くの人に支えられたという実感がわかないのだろうか。

県大会は後悔の念で一杯なレースで悔しくて悔しくてしょうがなかったし、
関東大会はそもそも僕と付き添い、顧問しか会場に行ってない。しかも医務室直行。

だから、自分の成果を"仲間"と一緒に手放しで喜んだ事はない。
(それが絶えない向上心に繋がったのかもしれないが。)

そのためなのかもしれない。全てが終わり、振り返る時期なのだと自分のどこかが認めないのかもしれない。



短距離のみんなは、感謝すべき存在なのだと思う。

もしかしたら恐ろしく近い存在だったがためにちょうど反抗期の子供が親を軽蔑するのと同じように
感謝の念を忘れているだけなのかもしれない。

感謝できない自分が情けなく思う時もある。

でも真相はどうあれ、

長距離や先生と同列に短距離へ形式的な感謝の言葉を述べることは、

長距離や先生への本質的な感謝の気持ちを汚すようで自分には出来ないのです。。。



以下コメ返信です。



>>エアさん
脳の使用率を上げていくと短命になると聞いた事がありますがどうなんでしょうね。
肉体の使用率については精神の限界を超え、限界まで使おうと努力すると
やってはいけなかったと後悔する事になります。(4ブロの宿命です←多分)

ちなみに僕は脳を省エネモードにしてながいk(ry
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