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2008-07-24 Thu 10:57
出場種目は400m、そして800m。
まだ引退したくない。 そして 頑張った証を残したい。 県大会出場、今度こそ。自分の手にする。 両種目とも予選を突破し、決勝へ。 通信の「上位8名県大会進出」と違い、上位たったの2名だけ。 ただし通信が「地区」という中規模だったのに対し 総体は「市」という小規模だ。(「市」がいくつか集まった物が「地区」になる) まずは800。 クロの800は先行逃げ切り型。 400ばりに1週目を爆走し、2週目死にものぐるいで粘るタイプ。 スタート。 予選の疲れはどこへやら、快調に飛ばしていき 300m通過からトップへ。 ・・・ 一週目通過62秒。 キツイ。 500m通過した時にはヘロヘロな状態、 後ろからせまってくる恐怖に駆られる。 来るな来るな来るな来るな来るな来るなっ! フォームなんかバッラバラ。 カーブに到達する前にさっと影が通り過ぎる。 抜かれた・・・! もう一人抜かれたらアウト。 彼は先に、 ずっと先に行く。 もっと遠くへ。 その遙か後ろをクロはガムシャラに追いかける。 それでも差は開いていき・・・ 彼がゴールしてから何秒も経って、ようやくクロもゴール。 頭はガンガンしたけれど、2位には違いなかった。 やった・・・! でもトラウマって奴だ。 先生への第一声は 「これで本当に、間違いなく県にいけますか?」 だった。 先生は、 「おめでとう。」とだけ答えた。 涙が込み上げてきた。 第二位、タイムは2分11秒。 62秒-69秒で走ってるんだから相当な前半型。 ともかく、これでようやく県へ行けるんだ。 僕は頑張ったんだ。 証が残った。「県大会出場」 さぁ帰ろうっ、帰って家族にほうこk・・・ ぁー。まだあった。 本業の400m。 故障の影響はもうなかった。 治療の成果という所か。 こちらも1位とは差を空けられてしまったがしっかり粘って2位。 クロらしい走りだった。 これによって2種目県大会出場決定。 (一人一種目という事でその後、戦えないであろう800mは辞退) 二度目だけれど、 幽霊部員から陸部に移って1年ちょっと。 元幽霊部員は頑張った。元幽霊部員が県大会に出場する。 たかが県大会と思われるかもしれない。 でも何一つロクに頑張らなかったクロが、初めて自主的に頑張って初めて手にした成果それも自分だけの。 今までの何よりも嬉しかった。 さぁ、ご褒美とも言える県大会が待っている。 |
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2008-07-12 Sat 12:41
痛いなんて言っていられない。
妥協なんてしてられない。 もう、もう一回しかチャンスは残されていないのだから。 頑張った「証」を残せるチャンス。 それまでも十分練習は頑張っていたはずだけれど、ここに来てもう一つ上の領域へ到達した。 質も量も断然上がった。故障については治療院へ通う毎日。 スタートが遅かったのだから誰よりも頑張らないと、みんなと同じ舞台へ立てない。 専門種目は新たに800mが加わった。自分の可能性を探る。 総体は学校対抗戦みたいな感じ。夏休みに入ると続々と他部活から助っ人部隊が到着する。 彼らは良き刺激になるが、もちろんライバルにも成りうる。一校の出場枠が限られているのだ。 負けるもんか。 夏休みにびっしり予定の入ってた塾はきっぱり辞めた。それだけ総体に掛けていた。 受験生の夏。僕には部活しかなかった。 ここまでして、結果が出ないなんて事はあるのだろうか・・・? そんな思いを振り切るように走った。ひたすら。 短い短い夏が明け、ついに最期の時がやってきた。 |
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2008-07-09 Wed 21:33
ついに「通信西地区予選」を向かえた。
決勝へ進出できれば自動的に県大会へ進める。初めての県大会だ。 そしてタイムを56秒前半に持ってきていたクロにとって実力通り出せればほぼ安全圏であった。 ー実力通り出せればー 問題はそこだった。 右ハムストの故障。どうなるか。 予選。 不思議とぎゅっと曲がるレーンに立つと全てを忘れる。 今までの辛かった事も、楽しかった事も全て。故障の痛みすら。 今、この時に集中する。 スタートの切れはよくなかった。 粘って粘って、ラスト100mからジワリジワリと追い抜きにかかる。 必死の思いで走り、なんとかぎりぎりで決勝進出を果たした。もちろんベストは出なかった。 右ハムがジンジンと痛み、心はボロボロだった。 走ってるのが辛かった。 でも県大会。 つい昨年まで幽霊部員だった自分には考えられない舞台に立てる。 嬉しかった。 後は決勝、なんとか走りきろう。 そうは思っても、身も心も限界だった。 決勝は痛みに負け、気の抜けたような走りでビリになった。 少し前に抜かせそうな選手がいたが、もはや抜かすだけの体力も気力も残っていなかった。 タイムは58秒68。笑ってしまうようなタイムだった。 これ、練習で走って普通にでるタイム。 まぁとはいえ、これで初の県大会出場は決めた訳だ。 後輩から「おめでとうございます!!」、同級生には「やったな!!」とか言われて嬉しかった。 浮かれたってしょうがない。嬉しくて嬉しくて、ただもうひたすら嬉しかった。 ところが、先生は深刻な顔をしていた。 決勝ボロボロだったからかな・・・。と思ったけれどどうも違う。 プログラムの最後のページを開きつつこう言った。 「まずい事になった。」 何が? 「修学旅行でこの大会に出られなかった人のために救済記録会があるんだが、一人400で速いのがいるんだ。」 ・・・ 「もしお前より記録が良ければ、お前の県大会出場は取り消しになる。」 。。。 2週間後、 その選手が53秒台で走ったと先生から伝えられた。 掴みかけた、いや掴んだと思った県大会出場が 消え去った。 通信西地区予選、第8位。 それしか僕には残らなかった。 文章で書き表せない悔しさ。 先生は事前に8位だと危ないと警告できなかった事を謝ってくれた。 でも僕の悔しさは先生に向けられた物ではなかった。 自分に。自分自身"だけ"へ向けられた。 なんで手の届く距離にいた選手を抜かさなかったんだろう。 絶対抜かせたのに。 100分の1秒を争う向上心を失った者はもはやアスリートとは言えない。 だから県へ行けなかったのだ。 もう、一回しかない。 9月の総体だ。 |
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2008-07-07 Mon 19:56
始めたばかりの頃って記録はスススッと伸びるもんです。
それが楽しい。 でもいずれそれは止まる。 僕ももちろんそうだった。 100mが12秒を切れない。 200mが25秒を切れない。 頑張ってきたけれど記録が伸びない時。心がぽっきり折れそうになる。 投げ出したくなる。 そんな僕に気づいてか、先生はある種目に僕を導いた。 もっとも長い短距離種目である、 400m 最初走ってみて、62秒。 2回目走ってみて、60秒。 3回目走ってみて、58秒。 面白かった。走る事に2秒更新。 走り終わって足の痛みに悶絶し、酸欠による頭痛に悩まされはしたが。 でもやはり、記録が止まった。 56秒台でピタッと止まった。 でもこの記録はちょっとした希望を僕に与えてくれた。 県大会出場だ。 頑張れば、県に行ける。 幽霊部員だった身としては信じられない事だった。 県大会。 よし、がんばろう! でも、うん。確かこの時期。 真面目に活動する陸上部ならば必ずは経験する事。 そう「故障」。ケガだ。 よりによってこの時期に僕に襲いかかってきた。 場所は右ハムスト。 オーバーストライドで走るが故の故障だった。 だましだましの練習をして、時を迎えた。 県大会出場のチャンスである大会、「通信」っていう大会だ。 上位8名が県大会出場。ようするに決勝に残れば県大会にでれる。 |
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2008-07-06 Sun 11:32
入部して異様な程充実した3ヶ月がすぎ9月。3年生が引退の時期がきた。
ようやく部員全員の名前が覚えれたくらいでよく状況がわかっていなかったけれど、 簡単に言えば明日から3年がいなくなるって事だ。 部長引き継ぎ式が行われ3年生から時期部長を指名していく。 「部長は・・・」 ・・・ ・・・ はい? 驚いた。幻聴じゃないかと。 先輩の発した名前は間違いなく僕の名前だったからそりゃ驚く。 他にも2年がいるのに、よりによって入部3ヶ月目の新人を部長に指名したのだ。 上手く反応できなかった事を責めないでほしい。 先輩の言い間違いでもなんでもなく、部長は僕だった。 それによって不思議な構図ができた。 僕は2年生だけれど、1年生より経験が少ない訳で1年生が先輩。もちろん2年生も先輩。 けれど僕が部長な訳で、他から見れば後輩が部長という。 不思議な部長が誕生した。 もちろんそんな不思議があっさり上手くいく訳はなく、一部の2年から反発があった。当たり前。 でも1年は小学校のソフトボール球団で一緒だったメンバーを中心にすぐ慣れた。 部長の問題に加え、男女の部活に関する温度差で小競り合いはあったけれど まぁ。 上出来だったんじゃないかな。 そんな訳で年を越し、春が来た。 |



