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2008-08-25 Mon 18:04
決して極端な精神論を支持する訳ではないのですが、 時には心の力が大切なのだと思うのです。 400mのラスト100mのきつさ。一生の思い出です。 300mまでを全力で突っ込んだ者にしかわからないあの疲労感、脱力感、重力が2倍3倍になったようなあの感覚。 その中で400mランナーは戦います。ライバルと、そして自分と。 そこでの勝利の鍵は・・・? それは心だと思うのです。 人には二つの限界があるように思う。すなわち一つは肉体の限界、そしてもう一つは精神の限界。 肉体の限界、いわゆる本物の壁。これを突き破れば二度と走る事はなくなります。 ただし精神の限界、これは偽物の壁にしか過ぎません。 そしてラスト100mのあれは、肉体の限界ではなく精神の限界にぶち当たっています。 もちろん、肉体の限界には近づいています。 でもまだ近づける。それを阻むのが精神の限界です。 その精神の限界を突破し、肉体の限界ぎりぎりまで近づくのに必要なのは、体ではなくて心。 精神力の強さです。 そして突き破った先に待ち受ける肉体の限界、それを引き上げるのが日々の練習です。 日々の練習で肉体の限界を引き上げると同時に精神の限界もある程度は引き上がります。 でもそれで終わってしまうのか、精神の限界を突破し、肉体の限界まで限りなく近づく事ができるかで勝敗・タイムは変わってきます。 勝利への執着、タイムへの欲望。それをどんな辛さにも負けず忘れなかった者だけが、最後に頑張れる。 心・技・体 体で勝てねば心で勝て。 脳貧血で倒れたあのレース、 多分今まででもっとも肉体の限界に近づけたレースだったのだと思います。 死ぬなら、肉体の限界を突破して死にたい。 |
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2007-07-16 Mon 01:13
へたれ。さんの「悲しい日。」で思う部活動の姿。
しゃべってばっかで何やってんだよあいつら。 っていうのは陸上を始めた時から今現在までずっっっと思い続けている事。 活動状況を二分するなら「マジメに練習派」の意見です。 ついつい「楽しくオシャベリ派」の方々にムッとしてしまうしハッキリいって現在進行形でそう思っているのですが、 ちょっと落ち着いて考えると一つ疑問が出てきます。 自分の考えは正しいのか。と。 マジメに練習するのは部活動。という考えはおそらく正しい、少なくとも間違ってはいないでしょう。 ただそれ以外、つまりは楽しくオシャベリする事を認めない考えは正しいのだろうか。 自分には自分の思い描く部活動があるのと同じように他人には他人の思い描く部活動があるハズです、 それが異なる物になるのは他人である以上避けることはできないはずです。 それを考えれば「マジメに練習する」事が部活動の姿とするならば 「楽しく活動する」事も部活動の姿であるという事になります。 どちらが正しい事か。 そもそも「正しい」事は主観的・一方的な見方で生じる事で、異なる意見がありどちらも優先されない平等な立場であるならば、 客観的・中立的な見方ではどちらかが「正しい」とは言えないハズ。 結局「マジメに練習派」も「楽しくオシャベリ派」も自分の意見を正しいと思うなら反対の意見も正しいと思う事になるでしょう。 つまり どちらの意見も正しく、どちらの意見も平等である。 のでなかなかそれを一つにまとめるなんて事は難しいと思う。 特に正反対な意見の場合は。 それをまとめるのが部長さんな訳ですが、強引におこなって部に亀裂を生じさせては部をまとめるどころではなくなり 「部長失格!!」なんてお話になりかねない辺りが面倒極まりないですね。 とはいえ、迷惑を掛けられる筋合いはない訳で そういう事態になればもう「別チーム」扱いにしてしまうのが 両者にとってスンナリ行くのではないかと思います。 陸上部は基本個人競技なのでその辺りは便利。 最後の方が眠くなってきて尻切れトンボになってる様子。 そもそもこれだけの文量に一時間半かかる私って・・・ |
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